「おまえが好きや!」


…は?

と、口をぽかんと開けたまま固まってしまったけれど、私に非はないと思う。だって、目の前でがちがちに緊張して「あー…その…あれや、」とかもごもご言っていたかと思えば急に憤ったように前述の「おまえが好きや!」を大声で叫ぶ彼、一氏ユウジは私のいわばオトモダチであり、好きとか恋してるとかそんなチョコレートみたいな甘ったるい感情なんて芽生えるはずもない間柄だし、何よりそう、彼には。


「…小春ちゃんじゃなくて?」


愛してやまない金色小春ちゃん(性別オス)がいるではないか。誰よりも乙女なハートを持つ小春ちゃんであるけれど彼も列記とした男であり、一氏ユウジの最愛の人、である。それはもう校内随一のコンビと噂されるくらいには仲睦まじい、誰が見てもベストコンビと呼ばれる間柄の小春ちゃんが、ユウジにはいるのだ。カップルかと言われればそうじゃないけどまあ切っても切り離せない二人だし、ユウジの思い人は小春ちゃんただ一人である。ただ一人だと、思っていたのだけれど。

「アホか!」ほんのりと顔を赤らめた目の前の男はそうやって愛の告白をぶつけた私に向かって罵倒の台詞を吐き、険しい形相で私を睨みつけた。ちょっと待って、あんた今私に告白したんじゃないの?なんて、冷静な返答をする隙間を与えてくれる様子はない。


「小春は小春や」
「そうですか」
「そうや」
「…じゃあさっきの、私が好きっていうのは…」
「!そ、れは…!」


けれど、どう考えてもやはり聞き間違いではないらしい。さっきの「おまえが好きや!」というのは。少女漫画に出てくるヒロインさながら頬を染めたユウジはなんだか落ち着かなそうにしていて、目が合えば1秒と待たずにぱっと反らしてしまったり、ツッコミ待ち?とつい言ってしまいそうになったけれどおそらくまたアホかボケ死なすど!などと怒られてしまいそうなので、きゅっと口を紡ぐ。

ユウジのことは、好きだ。でもそれは友達として。クラスメイトで、後ろの席で、一緒に昼ご飯を食べたり休み時間に談笑したりとか、そんな風に過ごす人として。ユウジも私をそこそこ仲のいい友達だと思っていてくれてるのはわかっていたから、そういう意味では両想いというか、円満に仲良しなオトモダチのはずなのだけれど。彼のほうの気持ちに別の意味合いが籠っていたのかもしれないなんてそんなこと、気がつかなかった。小春小春って、毎日そればっかりだったじゃない。なのに急にこんなことを言いだすなんて、ちょっと卑怯だ。


「好きやねん」
「っ」
「自分が、好きや」
「こ、小春ちゃんのことも?」
「好きや当然やろ」
「なんでそこだけ饒舌なの!」
「世界の真理じゃ!」
「意味がわからない!」


意味がわからない、ほんとうに。はじめて見るくらい真面目な顔をして好きだ好きだと言うくせに、別の人のことも好きだ、なんてしれっと言う。そっちは男だけど。今まで私に向かってそんな素振りもしなかったというのに、藪から棒に言われてもどうしたらいいのかわからない。なんだか途方に暮れてしまって、ピンと伸ばしていた背筋をへなへなとさせて、そのまま自分の机に突っ伏した。だって、そうするより他ない。
前の席で椅子を跨ぐように座ったユウジが落ち着かなそうに椅子をがたがたさせる音がシンとした教室に響いて、遠くのほうでは野球部やサッカー部の掛け声なんかが聞こえてくる。放課後の、西日が傾いた教室はますます私を不安にさせた。もう30分もすれば生徒会の集まりを終えた小春ちゃんがここへ戻ってくるだろう。


「ねえ」
「なんや」
「罰ゲームとか、どっきりとか?」
「………はあ?」
「え、」


一段と低い不機嫌そうな声がして顔を上げると、きっと目を吊り上げた顔をがそこにあってぎょっとして固まってしまった。しまった怒らせた、と瞬間的に思う。


「なんやねん」
「…なにが」
「こっちがどんだけ緊張したと思っとんのじゃ」
「す、すいません」
「人の好意にケチつけるんか自分!サイテーやぞ!」
「そのサイテーに好きって言ったんだよ今…!」


自分で言っていて急に恥ずかしくなって、語尾がしゅんと萎んだ。何度も確認するけれど、ユウジは私を好きらしい。罰ゲームでもどっきりでもなく、本当に本心で。よくよく考えればコントかってくらいに緊張した姿も、真っ直ぐな瞳も、嘘やお芝居で演じられるほどユウジは器用じゃないはずだ。手先ばっかり器用なくせに気持ちの面では本当に不器用なのだ、そう思えば気持ちの伝え方がこんなに拙いのも頷ける。無理やり納得するとしたら、理由はそれだ。

すき、と心の中で繰り返して、今までになく甘酸っぱい響きに頭がくらくらした。すき、好き。家族に対するものやお気に入りの雑貨屋さんへの気持ちとは違うんだと頭の中で誰かが言う声がして、私はいっそう頭を抱えるはめになる。夕暮れ色をした窓の外が、まるで麻薬みたいにじわじわと私に迫っていた。



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